パラオ・ペリリュー旅行
ペリリュー島激戦の地オレンジビーチ
かつて血に染まったオレンジビーチにやって来ました。昭和19年9月、フィリピン占領中の日本軍を空爆するための航空基地としてペリリュー島の飛行場が欲しかった米軍は3万人の兵力でこのオレンジビーチに上陸。これに対する日本軍守備隊は約1万。2か月の激戦の末、日本軍は玉砕。ただ事前に民間人を船で他地域に疎開させていたため住民の死亡者は無かったのが不幸中の幸いです。


かつて血に染まったオレンジビーチ↑

かつて激しい争奪戦があった飛行場跡↑

米軍の上陸用舟艇↑

日本軍守備隊の20センチ砲↑


